偶像崇拝と自然崇拝の違い〜竜や仏像などは偶像崇拝であり、神ではない〜

偶像崇拝と自然崇拝 社会

縄文以前までの日本列島に住んでいた太古の人々は自然を崇拝し、森羅万象、八百万の神々、地球や太陽、宇宙、全てのお仕組みの中で己が日々存在できていることを自覚し感謝しながら生きていました。宇宙や地球上の全ての自然に宿る神々が感謝の対象でした。

大いなる宇宙の中に太陽や地球という星があり、自然があり、それらのお仕組みの元に今己が生きられている。自然崇拝というのは、その事への感謝の印を示すという行為です。

太古の人々が日々の習慣として当たり前のように取り行っていた自然崇拝という行為がいつの日か消されていき、誤った教えが世界規模で広がり現在までに至っています。悲しいことに美しい自然が人間たちによって汚されてしまっているのが現状です。化学によって作られた生活用品も地球を汚す道具となっています。

世界各地で宗教という名の元、神の形が歪んだ状態で広まってしまっています。一体なぜなのでしょうか。この地球上で何が起きたのでしょうか。そして、それはいつからなのでしょうか。これらを探っていく事で、現在の狂った地球社会の闇がわかっていきます。ここ何百年どころの話ではありません。何千年、何万年と、昔から繋がっているのです。血の繋がりがあるように歴史や各時代の闇も繋がっています。

いかにこの地球社会が狂っているか地球の人々はこれから知ることになります。一人残らず。人によってタイミングがちゃんと用意されています。

偶像崇拝と自然崇拝の違い

真の神とは、宇宙や太陽、地球、自然森羅万象、全てを司るエネルギーやお仕組みのこと

神は人間の形もしていなければ、羽も生えていない。何かの生き物の形もしていなければ、仏像の形もしていません。エネルギーそのものです。人間の体もエネルギーで出来ており、何かの力もエネルギーによって動かされているのです。

私たちの体には無数のエネルギーが存在しています。乾燥している時期に静電気が起きたりしますが、あれも体内のエネルギーと外のエネルギーが反応したものであり、エネルギー同士のぶつかり合いで起こるものです。機械や電気などは科学の力によって動力を生み出し、動かされる仕組み。そこにはエネルギーが流れています。人間も機械もこの見えない力=エネルギーによって動かされているのです。

機械の動力(不自然な科学力で作られた力)は人間に悪影響を及ぼしてしまいます。特に脳は無数のエネルギーで出来ており、エネルギーを敏感にキャッチする器官です。家で家電を使う際、頭が痛くなる事があります。あれもエネルギーに作用されて生じる現象です。今の地球の科学力はまだまだ未熟で誤った方法で機械が作り出されていることもあります。

自然もエネルギーによって動いています。大きな自然から草や花のような小さき自然、動物から虫けらまで生きとし生けるもの全て、神のエネルギー=お仕組みの中で生きている。すなわち、神のお仕組みによって生かされているということ。

動力はエネルギーによって動かされている。エネルギーを日本的な言葉でいうと、「氣」になります。氣によって、私たちは動いています。生きる氣力、やる氣、勇氣、元氣、空氣。言葉にもこの”氣”が宿っています。

日本語には言靈(コトダマ)という言葉があります。言葉を大切にする日本語は高次元存在の協力の元、作られた言語であり世界唯一のとても素晴らしい言語です。日本語を発するだけで、コトダマの力が働き(音との関係)、良き言葉=「感謝」を発すれば発するほど、氣が高まります。日本が何を大切にしてきたのか、言葉の中に沢山のヒントが隠されています。

地球にいる大半の人間は、氣=エネルギーが未だ見えていないだけ。これから見えるようになる者が増えていくそうです。これが、新地球時代。現在、全く見えない者から見えないけど感じれる者、はっきり見える者がこの地球に存在しています。

本来の神はこの宇宙の全てを司るエネルギーやお仕組みのことです。エネルギーそのもの。この地球上で神といわれている存在たちを見てみると、どうでしょうか。悟りを開いたとされる人物、黄金で作られた巨大な仏像、竜の姿をした生き物、麒麟や白虎、唯一の神の子とされた人物、羽が生えているヒトの姿…。なぜ、そのような生き物たちが神と伝えられているのでしょうか。

高次元世界は宗教という概念はない。宗教はこの宇宙において本来、必要のないものです。宗教がないと神様と通ずることができないのか。教会や神社に行かないと神様と接することができないのか。

私たちの魂は宇宙の中で生まれ、肉体は地球の物質から生み出された私たちが最もお世話になっている大切な借り物です。宇宙の中で生きる全ての存在は神の意識によって生まれ、神のエネルギーが流れています。小さき小さき生き物たちにも。故に私たち生命体は皆、神の子なのです。神の因子が流れています。たった1人、たった一つの命だけが神の子ではありません。なぜ、この地球では1人だけが神の子とされているのでしょうか。

地球の「神」といわれている存在たち

「神」というと、宗教的で胡散臭いものという意見もあります。神の話をすればその人はどこかの宗教信者なのかと思う人もいるはずです。恐らく大半がそうでしょう。ここでまた「宗教」が出てきました。神=宗教と考える人が多いように思います。なぜ、人々はそう思ってしまうのか。

長い歴史の中で「宗教」によって神という存在が歪められてきたからです。

過去にも宗教によって沢山の戦争が起きました。悲しいことに今でも続いています。沢山の人々が犠牲になりました。また、日本でも過去に宗教団体によって色々な事件が起きています。その怪しい集団が「神のお告げだ」と次々に吹聴し、奇妙な行動をしている。そういったことから「神」が怪しい者であり、そういった人たちは「頭がおかしい」という世間一般のイメージがついてしまっています。

また、何か悪いことや不幸なことが起きたとします。自分は悪いことしていないのに理不尽に不幸が訪れ、人々はすぐ神のせいにします。神は助けてくれない。神はいないんだ。というように考える人もいるのではないでしょうか。

”自分は何も悪いことをしていないのに不幸が訪れてしまう”
では、なぜそのような思いに至ってしまうのか。そこには様々な要因があります。まず歪んだ社会、歪んだ教育、洗脳、、、による影響。私たちはその中で生き、社会の影響を受けています。歪められたその社会が原因で言葉や争いなど互いに傷つけ合い憎しみ合い、苦しみから生まれる悪因縁が続いてしまっている。いずれにしても未熟が故に騙し騙される悲劇が起きてしまっています。この地球はいつまでも真実が語られないまま何千年と続いています。地球はとても未熟な者たちの集まり。なぜ、未熟なのでしょうか。それも様々に理由がありますが、ここではなく別の記事にしています。一つだけいうと、地球人はある人たちによって支配されてきた歴史を辿ってきています。真実が語られないよう一部の権力者たちによってコントロールされてきています。あらゆる手段を使って。(お金、教育、マスメディア、戦争など)

不幸なことが起きたとき、悪いことが続いたとき、「なんで自分だけ。神はいないんだ…。」と人々は言います。しかし、起きていること全てに実は意味や理由がちゃんとあります。今生だけではない、前世の行いによるものも影響しています。さらに、人と人の間にも縁が生じ、それによって起きる結果も左右されたりします。

「自分は何も悪いことをしていない」
人は今生で起こったことが全てだと思い込んでいます。もし、今世で悪いことをしていなくても前世で人に迷惑をかけてしまって因縁が解消できずに今世に持ち込まれている場合もあります。

「全ての行いは自分に還ってくる」これは宇宙のお仕組みです。良いことをしたら良いことが、悪いことをしたら悪いことが。理不尽に思える結果も実は理不尽ではないのです。全ては自分が行なってきた結果を経験・体験しているのです。そこに対して、不公平だ!と思い込み、人に当たったり、ネガティブな感情を他人に放ったりすることは大きな間違いです。さらに悪因縁が魂に刻まれてしまいます。

神様は生命体一つ一つに経験や学びを与えてくれています。良いも悪いもその事にまずは感謝をするべきだと私は思います。

常に神に対して、「感謝」の心を示していないのに何か不幸なことが起きた時だけ神はいないと言うことはあまりにもおかしなことです。自分の中で勝手に神に期待し、自分が期待していない結果だった時だけ神に失望する。不幸な現実から目を逸らしたいが為にその結果を神のせいにし、自分の行いから目を背けている行為なのではないでしょうか。己から逃げるために神という存在を自分に都合良く使っているのではないか。無意識にそう想っているように思います。

歪められた日本の信仰

本当の神とは何なのか?

今まで正しいことを世に伝えようと生まれてきたものたちは、時代の権力者によって殺されてきています。真実を伝えるものがいれば、彼らにとってとても都合が悪いからです。

残念ながら日本もそうです。仏教が入ってきて、政も変わり、仏教によるイベントが作られました。仏教的な考えや行いが政治に組み込まれてしまったのです。死者を弔う方法や亡くなった後の取り組みも変えられました。今でもそれは続いています。そして、そこには様々な動きが生じます。

例えば、仏教的なイベント。お盆や彼岸、花祭りなどがありますが、食べ物をお供えするためには食材が必要です(食べ物に関しては豊穣の神への感謝の印として太古から行われてきた)。他にもイベントに必要なあらゆるものが必要になります。何かを用意するには当然”お金”が必要です。それによって、経済が動きます。当時の権力者たちはそれが狙いであり、人々がイベントに集中している間、何かを実行したりしています。(経済以外にも権力・名声による狙いもある)
この手法は今でも続いており、人々の目を背けるために作られたものが大半でしょう。

よく亡くなった人をあの世に送るために白装束や船に乗るお駄賃としてあの世のお金を用意しますが、死んだ後の世界=異次元空間には”物”という概念はありません。魂だけの精神世界なのでいくら物をお供えしても持っていくことはできません。高いお金を用意すればあの世で困らない、誇ることができる、皆から良いように思われる、出世ができるという意見もありますが、物というのは現次元的な概念で、異次元空間ではその人自身の判断材料は”魂のカタチ”のみです。

現世ではブランド品を持っていたり、立派な家に住んでいたり、給料が高くお金をたくさん持っている=人として優れていると判断されたりしますが、異次元はそういったもので人の価値は判断されません。魂の輝きのみです。魂が輝く条件としては、いかに良い行いをしてきたか、良い氣を持っているか。逆に常に相手を見下したり、悪い思念思考を持っていたり、悪い行いをしたりしている人は魂が濁っているので、未熟な者と判断されます。丸裸なので嘘がつけず全て中身が筒抜け状態です。

「給料が高い仕事に就けば立派だ」「高いお金を稼げば人として立派だ」「有名になれば優れている」…
地球人は大きな勘違いをしています。これも富、権力、権威、名声、勝利を重視してきた悪い存在たちによる昔からの洗脳です。彼らからしたら地球人の奴隷化計画に「成功した」ということになります。

現世で物理的なステータスを持っていてもあの世では立派とは限りません。大切なことは、どんな想いで事を成したか、常に心の中で何を想っているのかが大切です。神に対して自分の存在に対して常に感謝をし、その上で他者に感謝をする。すると、自分以外の存在に対して良いことをしようという行動に変わります。そうすることで魂が磨かれ、輝きが増します。そこには嘘偽りのない、心の底からの善意だけです。
いくら嘘をついてもバレます。魂は嘘がつけません。

龍神信仰ならぬ竜人信仰と神社の関係

神様は何かの生き物の形をしていなければ人の形もしていない。

世間一般の龍神とされている姿は、硬い鱗で覆われ、目は金色で瞳孔は爬虫類同様、縦の瞳で鋭い牙と爪を持っている。そんな姿が一般的なイメージとしてあるかと思います。

龍(竜)の姿や顔を見ても私は神聖だと感じたことがありません。恐竜のような硬い皮膚、禍々しい顔、爬虫類種族のような瞳。むしろ、怖いイメージが強いです。小さい頃から違和感を抱いていました。

『大日月地神示(前巻)』に記されていた内容を少しお伝えします。本来の「龍」は上から下に流れる水の姿を龍と表現していた。生命に大切な水の信仰の一つ。恐ろしい顔や姿をしたものではなく、喜びの顕れ、氣の流れ、水の流れのことを「龍」と表現していた。龍神信仰すなわち水の信仰、水の神への感謝の印。

龍=竜ではなく、龍=水の氣、水の姿、水そのもの、水エネルギー
竜=爬虫類種族の特徴やDNAを持つ生き物、恐竜やワニ、トカゲなど

いつの日か竜=龍とされ、歪められていった。漢字が上手く利用されてしまったといえるでしょう。

ある時期に日本列島に中国文化(大陸文化)が流れてきました。中国の神話に出てくる竜は黒竜、白竜、青竜、黄竜など色を持った竜の姿が出てきます。この竜信仰は恐らく、かつてこの地球にいた爬虫類種族に関わりがあるものと思われます。龍神信仰ではなく、竜人信仰です。神と人は共に「じん」と読めます。使い方次第で変わってしまう。漢字のややこしいところでもあります。

以下、龍と竜を区別してかいていきます。(龍=水のエネルギー、竜=爬虫類種族の特徴を持つ生き物)

神社の手水舎に置かれている竜の置き物があります。それは、信仰対象が爬虫類種族のものだと私は思っています。いつの時代かは測ることが現時点では難しいですが、日本も爬虫類種族と関わっていたという文献があります。嘘と真が複雑に混ざり合っている時代ですから、現時点では確かめようがありません。
しかし、見えない存在たちに聴くことができたら、過去に遡って確かめにいける能力があれば、真実がわかるでしょう。

日本の闇の歴史にあたりますが、神社は縄文文化である巨石を隠すために大陸の権力者が作ったものだと理解しています。自然を崇拝していた縄文系の人々にとって神聖な場所であるその土地を壊し、作り替えたものが今現在、各地にある神社の真実。彼らは平気で侵略し、奪い、侮辱し、優しい心を持つ者たちの心をへし折る。このようなことをします。もうこの時から日本はおかしくなってしまっています。もちろん教科書には載っていません。

この地球社会を支配していた存在たちの黒幕は異星人が大元。地球にヒト型生命体が住まうようになってから天変地異や大洪水の時代にまで遡ります。そのトップ層にいたのが爬虫類種族たち。ドラコニアンやトカゲ人間、グレイ星人など悪い異星人が関わっています。
ドラコニアンの体の特徴は恐竜やワニと似ています。トカゲ型人間の特徴は爬虫類の生き物と似ています。爬虫類はかつて彼らのDNAから作り出された生き物になります。他にも地球に存在する生き物は異星人のDNAから作り出されたものがほとんどです。

地球の内部にも生命体が存在しています。地底人ともいわれていますが、彼らは高度な技術でシェルターを築いて存続しているそうです。自分たちの身体の特徴に合わせた地上とは異なる環境で。

神の概念をきちんと知る

空を見上げれば広がる宇宙
惑星や全ての生命に恩恵を与える太陽
青く輝く私たちが住まう母なる地球
素晴らしい恩恵を作り出す大きな山々や広大な青い海
川を流れる透き通る水、肌をすき抜ける風
足元を支える大地、作物を作る土
道を歩けば美しい木々や緑、色とりどりの花々

一歩外に出れば神へと繋がる手段はたくさんあります。なぜ、教会や神社に行かないと神様と繋がれないと伝えられているのか。なぜ、宗教という団体に属さなければ神と関わること、通ずることができないのか。

キリスト教やイスラム教、仏教などの神とされる象徴はかつてその地を治めていた人や異星人、もしくは人々の悪い想念で作り上げた本来存在しないキャラクター。国々によって事情が異なり、非常にややこしくなっています。

人が大勢集まり、そこに集合意識や対象物への祈りという念が集まれば本来ないものまで作り出せる仕組み。念というのは非常に恐ろしいもので、念ずる者が多ければ多いほど、そのキャラクターは霊力が上がり、強くなるそうです。それは幽界のキャラクターだけではなく、かつて生きていた人の魂=靈人にもいえること。
この地球上には幽界という見えない異次元空間が存在しており、この「幽界」は人々が作り出したもの。龍や妖怪などもそこに存在し、霊能力者はその空間を見て、神だと思い込んでいる能力者も大勢いるとのこと。霊能力者でさえも洗脳されている場合がある。見えない存在が見えるからといってその者が優れていて正しい事を言っているとは限らないのだそうです。

「この神社は〇〇のご利益がある」
恋愛のご利益があるといわれている神社も人が同じ目的でそこに集まり、参拝をして願うこと(念の力)で霊力が増しているということ。反対に参拝客がいなければ霊力は下がり、力はなくなり、次第に消えていく。

そうならないために宣伝やお守りを作り購入させる。お賽銭を投げさせ、おみくじを引かせ、神社を存続させる。すなわち、神社に祀られている靈人の霊力を落とさないためのもの。企業と同様、立派な商売なのです。お金と引き換えに人々の願いを叶えさせるための霊力集めです。大昔からそれは行われてきました。

そこに本当の神様はいるのでしょうか。かつて生きていた靈人or架空のキャラクターが祀られている。神社の説明版を見るとわかるでしょう。

さいごに

現在伝わっている歴史は全てが正しいとは限りません。大半が時の権力者によって都合の良いように変えられたものがほとんど。全てを読み解くには難しいかもしれませんが、曇りのない真の目を持ち、様々な角度で物事を見定める必要があります。そして読み解く上で一番大切なことは、”人”を理解することです。人の感情や理性、欲望を理解した上で歴史を見るとわからないこともわかるようになったり、当時の人々の行動から性格を知ってどのような意図があって改革を行なったのか知る鍵に繋がったりします。これは現代の人を見抜く際にも役立ちます。例えば、政治家や支配層など上に立つ存在たちに対して。彼らは私利私欲だけを考え、動いている者が多いです。欲深い生き物なので、欲のためにはどういった行動をするのか、想像がしやすいです。大変にわかりやすい生き物です。

歴史に記されている人物は過去の人であり、性格を全て理解することは不可能に近い。しかし、何をやったか、どんな制度を作ったのか、どんな行動をとったのかで、その人がどんな者なのか探ることもできます。国と国同士の争いも国内部の争いも民族同士の争いも全ては感情が元となっています。感情によって動かされています。だから、人を知ることで歴史も読み解くことができるし、現在起こっていることも容易にわかったりします。人が関わって物事が生じているのならまずは人を理解すること。人それぞれの様々な思考を理解することで、動きがわかるようになってきます。歴史学を学ぶ前にまず人とはどういう生き物なのかを知ること学ぶことが私は大切だと思います。

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